だいたいOPEN半月くらいだ。
正直言って飛ばしすぎの感が否めない気がしている。
いつものパターンで行けば、ネタ切れも近い。
モチベーションを維持するというのはなかなか難しいものだし、発信者自体がマンネリを感じてしまうことも良くあることに思う。
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元々の動機を思い起こす。過去を振り返ってみると、そうだ、はじめは胡散臭いブランド戦略とまんまとハマル人の姿に違和感を覚えたんだったなあ。
ちょこっと興味を持ったあたりの人が流されてしまっているのとか、勿体無く感じたんだ。
一方である種ミーハーアイテム的に若年層の目を集めているのもおかしいと感じた。どっちも多分僕の主観によるもので、正解不正解なんてないんだろうけど。
どっからみても中高生、なんて子達がブランド物やアクセサリーをつけるのはちょっと、というのは保守的で駄目な大人なのか?
ちょっと考えてしまう。
ともあれそういった子供たちの姿は日本人の悪いところのようによく言われる典型例だ。しかし何もそういってるわけじゃない。
例えばベンチャー企業が六本木ヒルズに住まうのは、そのぎらついた野心の象徴として、社員の意識を昂揚させる為だという話を聞いたことがある。
ステイタスブランドは時には成功の象徴、向上心の象徴となる。判りやすくいえば、「ロレックスを目指して仕事で成り上がる意欲を持つ」といったような。
だが、現実には目的のために手段を選ばなくなっているような気もするのだ。
ブランド品欲しさに体まで売る中高生。いかがなものか?
高校生がアルバイトをするのは良いことだといえば良いことだが、生活のすべてを親が持っている上で月数万の小遣いをバイトで得、月数万を自由に使えることで手に入れたブランド品。
ううむ、不景気もなにもあったもんじゃない。
これではステイタスどころの話ではないから、12日に書いたように逆にブランドにブランドたる価値を見出せなくなってくるのも理屈かもしれない。
だからといってどこぞがボッタクったらいいのかといえばそんなはずもない。
シルバーアクセサリーの位置付けはどうなっているのだろう?
いちファッションアイテムか。ジュエリーか。スピリチュアルなものか。あるいはそういったすべてを包括するものか。
生産者はどう見ているのか。
ファッションアイテムと割り切っていれば、スウォッチのようなスタンスで消耗品的な生産、展開ができるだろう。流行にあわせることも、コストをカットすることもできるだろう。
ジュエリー(宝石等)であれば、ステイタスが重視される。なにせ宝石など、もはや人口のほうが綺麗なものさえあるくらいだが、インクルージョンがあろうと、熱処理されようと、天然であるという名前に価値がつく。権威の象徴。
スピリチュアルな・・・もちろんそこにはステイタス性も含まれるが、やはり僕にとってはクリスチャンのロザリオのように宗教的な意味合いを示したい。詳細は既述の通りだが、これはより「一点もの」の意味が強くなり、消耗品ということにはなり得ない。場合によっては遠い年月に耐えられる耐久性も問われる。
生産者によって考え方はいろいろだろう。トレンドに敏感なブランドも、普遍的なテーマのブランドもあるだろう。
フィールドがこうまで違うとなると、比較は難しい。
被服ブランドにおいてはもう少し判りやすいように思えるのだが。
なんだかホントに雑記って感じになったなあ。
2004年09月23日
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