疑問を呈するそもそものきっかけのひとつに前回言ったアイソラとのやりとりで、オーダーは受けない方針であるということを言われたのがある。
理由は職人の保護という立場からだという。作れといえば作ってくれるが、ブランドを回している中一本の注文のためにゼロから作り出す作業を指示することはできないというのだ。
なるほどこの場合財布であるが、言ってみればオーダーで商品を作るという作業はひとつ売れるたびにいちいち型から作らなければならない。非効率的といってしまうとそれこそこだわりのないかのようだが、よくよく考えると一からやる必要があるようなオーダーというのはなかなか考えにくい。
とはいえこれは財布というある程度形の決まったものだからであってシルバーだとまた話は違ってくる。自称「作品」であるブランドが多いように、表現という面が強いからだ。リングひとつとっても多種多様で、革製品のように素材の質とか縫製の良さといった基準もつけがたい。
ここで一旦オーダーメイド、特にフルオーダーをすることによって得られる意義を整理してみたい。
・レア物、自分専用という優越感
・自分の要望が反映される満足感
なにせこの二つに尽きるだろう。
ではこのどこに疑問をはさむ要素があるだろう?文字面を見る限り、いいじゃないか、と思える。
問題は、ないだろう。ちょっとした見栄とか優越感で所有することは愚かなことではないし、そもそも装飾品なのだ。また、こんなんだったらいいのに、というような注文をつけられれば、理想のアイテムになるだろう。
しかし、オーダーばやりには何か違和感を感じる。なぜか。
そこに安易さを感じるからではないだろうか。
既製品=レディメイドは言ってみれば制作者が完成のままにデザインし自信を持って送り出された「作品」である。そんな高尚なものかは知らないが。
言わばそれらがそのブランドないしは制作者の色でありオリジナルだ。
ブランドによってはレディメイドをベーシックな基本商品として、こういったブランドですよ、こういうのを作る私が注文承りますよ、というオーダー重視の姿勢もありえるかもしれない。それで採算が合うかは知らないが。
おそらく僕の中でのひっかかりは、レディメイド軽視の風潮を感じるところがあるということなのだ。
それでは中間点のオーダーメイド、カスタムオーダーに関してどう思っているかも語っておかねばなるまい。
カスタムオーダーは基本的にレディメイドを組み合わせるとか、手を加えるとかして一味加えるものだ。カスタムカルチャーと縁が深いシルバーアクセだから当然浸透している。
車やバイクを自分に合わせてチューンしていくことも、オーダーメイドの満足感と通じるものだろう。サドルレザーの小物をエイジングして自分の味を出していくのもそうだ。これらの深みは単なる独占感なのでなく、自然な流れによる「自分らしさ」にいたることにある。
人がもっていないものを持つことが自分らしさになるわけではない。自分らしさは人と異なることではなく、様々な人がいる中で自分の色を持つことなのだから。
このペンダントに石を入れたらかっこよさそうだ。入れてもらおう。
このペンダントにあっちのパーツを組み合わせたら引き立つな、やってくれるかな。
愛用してるブランド。このテイストで、このモチーフで作ってみてくれよ。
そんなもんなんだと思う。もしかしたらこの流行もこんなもんで、僕が気にしすぎているだけなのかもしれない。ただ、ちらほらとオーダーだからすごい、世界に一個だからすごい、そんなニュアンスの話を耳にすることもあった。それは本当にそうなのか。何個もあったって格好いいものは格好いいし、一個しかなくたってダサくちゃ仕方ない。それにレディメイドであっても自分色になってくもんなんじゃあないのか。
相変わらずツインヘッドスカルブレスは僕のブレスだ、という意識がこびりついている僕はそんなことを思った。
2005年08月21日
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