2005年01月15日

ブランドを持つこと

前回で触れた件について書こうと思う。中途半端な職人気質はブランドオーナーに相応しくない、と言うやつだ。そこまでいってなかったけど実も蓋もなく言えばそういうことだ。
率直に言って僕の持つ縁といえばカットスロートやよく行くお店くらいしかない訳で、必然的にその周辺のブランドから受けた印象が影響してくる。
だからもしかすると全体的にみれば当てはまらないケースも多いかもしれない。とはいっても誰に対しても言える内容にしようとは考えている。もっと言えばブランドオーナー以外の一般の人にも読みがいのあるものにしたいと思う。9割がたの人はブランドなんてやってないだろうし。

まず、ブランドと一口に言ってもシルバーアクセ界において肝要なのはデザイナーのパーソナリティだ。日本のこの業界、大別して企業ブランドとデザイナーブランドがある。
前者は会社が企画立案しデザイナーを雇うなりデザインを買い取るなりして会社主導で生産・流通するブランド。安価であることが多く、大概ファッションアイテムとしての意味合いが強い。
後者は彫金やデザインをする個人もしくは有志チームが会社を興すなり店を持つなり、あるいは代理店に卸すなりして流通する、デザイナーのセンスで商品を生産するブランド。
こちらはひと括りにしがたく、一種の彫刻作品の題材にアクセサリーを選んだようなスタンスの人、ファッションであれ思想であれあるコンセプトを元にアクセサリーを作る人、また商売の位置付けとしてもアクセサリー屋を営む人、アクセサリー屋に卸す商品を作る人、あるいはその両方、工房の職人、芸術家、ジュエリーアーティスト、一概には分類できないがいろいろだ。
羽賀研二だってジュエリーアーティストなくらいだし。

以前からの繰り返しになるが、例えば専門学校を出るなりして技術を持った。学校の課題でもなく自分の作りたいものを作った。さあブランドのスタートだ・・・と、文脈からしてそうじゃないと言いたいことはお分かりだろう。
自分の感性を熟知しているのか?
自分の想像を創造するスキルがあるのか?
その他「ブランドという看板を立てる環境」が整っているかは、軽視すべきではない。
ビッグコミックの単行本「男たちの起業物語 明日を信じて」を読んでみるといい。なかなか売ってなさそうだけど。
そもそもなぜブランドを持ちたいのか?多くの人が様々な動機を語るが、自分の作りたいものを作るとか、ユーザーとして買っているモノを自分でも作れるんじゃないかというもの、さらに具体的に「ブランド」を立ち上げる動機には、自分を試すという声が多いようだ。
結局ブランドというより、芸術家としての目線だといえるだろう。
売れなかったら。ブランドをたたまなければいけなくなったら、力が及ばなかったということになる。単純に考えれば判定基準はそこだろう。だがカットスロートで言えば、売れずとも副業を持ち、参戦しつづければブランドは世に出つづける。力が及んでいなくても、である。あたりまえのことだが、成功者というものは一部であり、及ばぬものは淘汰される。
インディーズミュージシャンには好きな音楽を好きなようにやっていたいだけだから、メジャーにならなくてもいい、という人もいるだろう。仕事をしながら好きな音楽を演奏していればいい。画家だってそうかもしれない。100万枚CDを売って、絵に100万の値がついて、巨万の富を得ることが目的ではない人は多いだろう。
シルバーアクセも同じなのだろうか。僕はそこに疑問を感じずにいられない。
一部例外はある。ブランドをやりたいという意識がそれほどない人も中にはいるからだ。作ってるのが好きだった、というだけだったものが高い評価を受けたことによってブランドとして知れ渡るケースだ。
しかし、自分の作っているモノを試すためにブランドを、というのならばそれは自らの作品群をより広めたいということであり、そこにブランドというものをつけるとすれば、本来必然的に付加価値の存在を意味する。
その付加価値とは、ユーザーから見ればデザイン、仕上がり、アフターケア、ステイタス(持つことが誇れるブランド)等商品供給以外のサービスであり、製作者から見れば固定客の取り込み、ステイタス(世間からのプラスイメージ)などがまず思い付く。
純粋に作品をより多くの人に見てもらい、それで好きになって欲しい、と言うものが根底にあるとしても、単価の高いファッションアイテムを商品として売るためにブランドという手段を用いるのであれば、またそれを食い扶持とするならば、「作品と作者」だとばかり言うわけにはいかない。必ずそこには「商品と生産者」の関係が発生する。
絵画で言えばポストカードにして大量に刷ることを求められたり、トランプにレプリカを刷ったり、広告のために絵を書いたりしなければならない。音楽で言えばCCCDであろうがライブがウリだろうがCDを売らなければならない。映像に興味がなくてもPVを作り、またビデオを売り、何故か写真集まで出したり、TVでトークしなければならない。
やりたいことをやる、というのはただの趣味であり、それで食っていこうなどというのは虫がいい話だ。第一、たとえいいものと感じたにしろ、趣味の作品に大金をはたいてくれるユーザーに失礼だし、卸をするのであれば販売者に対しても無責任だ。
ブランドを気に入ってくれた人がいたとして、そのブランドが数年のうちに消えてしまったらそのアイテムの価値は通常下がる。
おそらくアイテムの価値はその一品一品に宿るものだという人は多いだろう。しかし、順序を変え「いつなくなってしまうかもわからないブランド」として考えればどうだろう。それでもそのアイテムが気に入ったとなれば、それもひとつの宝物になると思う。しかし僕には信用のないブランドはブランドとは思えず、また将来の見えないブランドに大金を払う気はしない。このあたりは主観かもしれないが。
ブランドがつぶれたら、そのアイテムのイメージも落ちる。これは、いいアイテムを出してくるブランドというイメージがあるほどそのアイテムの価値が高まるのと背中合わせだと思うのだ。
「ブランド」として展開する必然性を、ブランドオーナーにはよく考えてもらいたい。ブランドを展開し、どうなりたいのか、よく考えて欲しい。シルバーアクセブランドもひとつのファッションブランドである。全国にファッションアイテムとして広く販売することを、本当に必然的に求めているのか、よく考えて欲しい。
それだけがシルバーアクセサリーの作者としての道ではないはずだ。むしろ、それが規定路線であるならば、誰かの足跡をなぞるだけ。自分にとって必要なもの、自分がなるべき姿、それを考えた上でどういう作者であるべきか、結論すればいいと僕は思う。

そして、もしも職業としてのシルバーアクセサリー生産者というものも含めたクリエイターであろうとするならば、そしてその舞台を自らがブランドオーナーとなってやっていこうとするならば、シルバーアクセサリーの作り方以外に勉強すべきものがあることを理解して欲しい。
大学で師についてまでしなくても、市販の本で十分な勉強はできる。せめて市販の本を読むくらいの努力もせずに、好きなものを作っているだけでマイブランドを持つデザイナーになってやろうなど、正直言ってあまい。
そしてそんな努力も要らないならば、シルバー業界なんて簡単なものだということになる。そう、新進デザイナーの皆さんがよく言う、「既存のブランドを見ていて自分にもできると思った」で出来てしまうくらいに。
デザイナーの皆さん、まさかあなた方は誰にでもできる仕事をしたいのか。いいや、そんなはずはあるまい。
「誰でも専門学校に1、2年通えば作れるものを、何万もとって売ってるボッタクリ業界」なんてことにならないように、頑張って欲しいものだ。


posted by 遼 at 06:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブランド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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